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大阪地方裁判所 平成元年(ワ)2380号 判決 1992年9月16日

原告

西尾幸晴

右訴訟代理人弁護士

松本健男

岡田義雄

太田隆徳

井上二郎

中北龍太郎

武村二三夫

大川一夫

丹羽雅雄

福森亮二

池田直樹

被告

大阪市

右代表者市長

西尾正也

被告

辻本啓介

右二名訴訟代理人弁護士

江里口龍輔

千保一廣

主文

一  被告大阪市は、原告に対し、金二五万円及びこれに対する平成元年一月三〇日から支払済みまで年五分の割合による金員を支払え。

二  原告の被告大阪市に対するその余の請求及び被告辻本啓介に対する請求をいずれも棄却する。

三  訴訟費用は、原告と被告大阪市との間においては、原告に生じた費用の一〇分の一を被告大阪市の負担とし、その余は各自の負担とし、原告と被告辻本啓介との間においては、全部原告の負担とする。

事実

第一  当事者の求めた裁判

一  請求の趣旨

1  被告らは、原告に対し、各自金二五〇万円及びこれに対する平成元年一月三〇日から支払済みまで年五分の割合による金員を支払え。

2  訴訟費用は被告らの負担とする。

3  仮執行宣言

二  請求の趣旨に対する答弁

1  原告の請求を棄却する。

2  訴訟費用は原告の負担とする。

第二  当事者の主張

一  請求原因

1  当事者

(一) 原告

原告は、企画集団「なんぼのもん社」の事務局を担当し、左記集会(以下「本件集会」という。)の主催責任者である。

① 名称 天皇制はいらない!今日は愉快にそして、楽しく!

② 日時 平成元年二月二四日 午前九時三〇分から午後六時まで

③ 場所 大阪市立大阪城音楽堂(以下「本件音楽堂」という。)

④ 内容 音楽とトーク

(二) 被告ら

(1) 被告大阪市(以下「被告市」という。)は、本件音楽堂を設置し、維持管理する普通地方公共団体である。

(2) 被告辻本啓介(以下「被告辻本」という。)は、平成元年一月当時、大阪市教育委員会社会教育部社会教育課長として、本件音楽堂の使用、管理、運営等を担当していたものである。

2  本件事案の概要

(一) 企画集団「なんぼのもん社」は、天皇制について考える集会として、本件集会を昭和天皇の大喪の礼当日の平成元年二月二四日に開催することを企画し、原告が、平成元年一月一三日、本件音楽堂の使用許可申請をなすべく、大阪市音楽団事務局(以下「音楽団事務局」という。)を訪れて所定の許可申請書用紙の交付を求めたところ、応対に当たった音楽団庶務係長三河房義(以下「三河」という。)は、右申請書用紙の交付を拒否した。

(二) 原告は、同月一七日、一八日及び一九日の三日間にわたり、大阪市教育委員会社会教育部社会教育課(以下「社会教育課」という。)に電話連絡して、原告の使用許可申請を受理するよう求めたが、応対に当たった社会教育課管理係長石井等(以下「石井」という。)は、いずれも右申入れを拒否した。

(三) そこで、原告は、以前本件音楽堂の使用許可申請をした際に交付された許可申請書用紙のコピーに必要事項を記入して、所定のものと同様の許可申請書三通(以下「本件申請書」という。)を作成し、同月二四日、音楽団事務局を訪れて右申請書を提出しようとしたが、再度、三河に受領を拒否され、同日、更に、社会教育課を訪れて右申請書を提出しようとしたが、応対に当たった石井及び被告辻本に右申請書の受領を拒否された。

(四) そこで、原告は、弁護士丹羽雅雄に依頼し、同弁護士を通じて、音楽団事務局及び社会教育課に対し、同月二四日付内容証明郵便により、本件音楽堂の使用許可をなすよう要請するとともに本件申請書を送付したところ、同月三〇日、社会教育課は、同弁護士に対し、「大阪市立大阪城音楽堂の使用につきましては、これまでも、口頭でお答えしておりますとおりの理由でございますので、大阪市立大阪城音楽堂使用許可証三通、ご返送いたします。」という書面を添えて本件申請書を返送し、右申請書は受理されなかった(以下、一連の行為を「本件不受理」という。)。

3  被告市の責任

本件不受理は、次のとおり、被告市の公務員らによる憲法二一条、大阪市立音楽堂条例(以下「音楽堂条例」という。)二条、大阪市立音楽堂規則(以下「音楽堂規則」という。)一条の二及び同規則三条に抵触する違憲・違法な行為であるから、被告市は、国家賠償法一条一項に基づき、原告の被った後記損害を賠償する責任がある。

(一) 被告市の公務員である三河、石井及び被告辻本は、本件集会の目的が天皇制批判にあることを事前に熟知し、原告らの天皇制批判に関する集会開催を不可能にする目的により、再三にわたり、原告の使用許可申請の受理を拒絶したものであるから、右行為は、表現行為に先立ち行政権がその表現内容を事前に審査し、不適法と認める場合にその表現行為を禁止する検閲に該当し、憲法二一条二項に違反し、違憲無効である。

(二) 被告市は、平成元年二月二一日、本件音楽堂を昭和天皇の大喪の礼当日である同月二四日に臨時休館することを正式に決定した(以下「本件臨時休館」という。)が、右決定は、次のとおり、憲法二一条に反し違憲であるから、本件音楽堂が平成元年二月二四日臨時休館となる可能性が高いことを理由に三河、石井及び被告辻本が行なった本件不受理も、憲法二一条に抵触する違法な行為である。

(1) 本件音楽堂は、音楽演奏を中心とする表現活動及び集会への利用を目的として、被告市が設置、維持管理している公共施設であり、音楽堂規則一条の二の定める定例の休業日(月曜日及び毎年一二月二八日から翌年一月四日まで)以外の日に、表現活動及び集会のため設置されたパブリック・フォーラムであるから、当日の音楽堂における集会その他の表現行為の全面的禁止を意味する本件臨時休館は、憲法二一条に定める表現の自由・集会の自由の保障の趣旨に照らして、非常に重要な政府目的を達成するためやむを得ない場合に限って合憲となるに過ぎない。

(2) 被告市は、①本件音楽堂を開館すれば混乱を生ずるおそれが生じる、②「昭和天皇の大喪の礼当日を休日とする法律」(以下「休日法」という。)の趣旨が、「国民こぞって弔意を表わす」というものであることに照らし、当日の音楽堂開館はふさわしくない、③当日が休日になれば、職員の勤務条件の変更が生ずる可能性があるという三つの理由により本件臨時休館を決定したものであるが、右決定は、次のとおり、規制目的及び規制手段の点から違憲である。

① 本件音楽堂を開館した際に発生する混乱とは、主として右翼の妨害に起因するものと考えられるが、このような反対勢力による妨害活動を理由とする集会その他の表現行為の禁止は、間接的にせよ、右表現活動及び集会が反対勢力に嫌悪されていることに基づく規制を行うことになり、憲法二一条の趣旨に反し違憲である。

② 休日法の趣旨は、国民に弔意表明を強制するものではなく、弔意を表わしたい国民にその機会を与えることにより多数の国民が弔意を表わすことを期待するというものであるから、被告市は、専ら大喪の礼当日にふさわしい環境保持を図る目的で本件臨時休館を決定したものと考えられる。

しかし、環境保持を図ることは、本件音楽堂の臨時休館を正当化しうる非常に重要な目的とはいえないうえ、目的達成の手段としても、当日の集会その他の表現行為の全面的禁止を意味する本件臨時休館は、必要不可欠な手段をはるかに越えるものであるから、これを理由とする本件臨時休館は、規制目的からも規制手段からも憲法二一条に反し違憲である。

③ 本件音楽堂は、本来、平成元年二月二四日は開館が予定されていた施設であり、仮に大喪の礼当日が休日となったとしても、音楽堂規則一条の二により、休業日は月曜日及び一二月二八日から翌年一月四日までを原則とするから、休日開館には何ら不都合もなく、職員の勤務条件の変更を来たすものでもない。よって、職員の勤務条件の変更は、当日における表現活動及び集会の全面禁止を正当化することを可能とする非常に重要な目的に該当せず、これを理由とする臨時休館は、憲法二一条に反する。

(三) 原告が本件音楽堂の使用許可申請を行った平成元年一月一三日から同二四日までの時点では、本件音楽堂の臨時休館は未だ正式決定されていなかったにもかかわらず、被告市の公務員である三河、石井及び被告辻本は、何らの法的根拠なく、原告の右申請を受理しなかった。

よって、同人らによる本件不受理は、本件音楽堂の使用許可について規定した音楽堂条例三条、音楽堂規則二条に反する違法な行為に該当する。

4  被告辻本の責任

被告辻本は、当時、本件音楽堂の使用許可申請の当否を判断し、受理を拒否する権限を有していなかったにもかかわらず、何ら正当理由なくして本件申請書の受領を拒否したものであるから、民法七〇九条に基づき、原告が右不法行為により被った後記損害を賠償すべき責任がある。

5  損害

(一) 慰謝料 二〇〇万円

企画集団「なんぼのもん社」は、天皇を含めて差別する側、抑圧する側の権威・文化を批判し、被差別者、被抑圧者の側の文化を追求することを目的とする活動を行っており、本件集会においても、「天皇はいらない!今日は愉快にそして楽しく!」というテーマで在日朝鮮人、沖縄及び被差別部落の三者による音楽とトークを予定しており、その趣旨から見ても、本件集会は、昭和天皇の葬儀が行われる平成元年二月二四日に開催されるべきものであった。

しかし、本件申請書の受理が拒絶されたことによって、原告は、平成元年二月二四日に本件集会を開催することが不可能となり、前記のような表現の機会を一方的に奪われたものであるから、これによって、原告が被った精神的損害に対する慰謝料は二〇〇万円を下らない。

(二) 弁護士費用 五〇万円

原告は、本件訴訟代理人らに本訴追行を委任し、その費用として五〇万円の出損を約した。

6  よって、原告は、被告らに対し、右合計二五〇万円及びこれに対する本件許可申請書受理拒絶が確定した日である平成元年一月三〇日から支払済みまで民法所定の年五分の割合による遅延損害金の支払を求める。

二  請求原因に対する認否

1  請求原因1(一)は不知、(二)は認める。

2(一)  同2(一)のうち、原告が平成元年一月一三日、音楽団を訪れて使用許可申請書用紙の交付を求めたこと及び三河がこれを断わったことは認め、企画集団「なんぼのもん社」が平成元年二月二四日天皇制について考える集会を開催することを企画したことは不知。

(二)  同(二)ないし(四)は認める。

ただし、三河、石井及び被告辻本は、申請書の受理に際して、次のとおり、本件音楽堂が平成元年二月二四日に臨時休館となる可能性があったので、別の日の使用に切り替える等の再考を促すためにこれを返戻したに過ぎず、原告の使用許可申請を最終的に拒否する意思を示したものではない。

(1) 平成元年一月八日、内閣告示第一号により、「国の儀式として大喪の礼を行ない、大喪の礼を行う期日を平成元年二月二四日とする。」と告示され、同月一二日、政府が大喪の礼当日を休日とする法案を提出する方針を決定したという内容の記事が各新聞に掲載された。そこで、同月一二日午後、社会教育課が、所轄教育施設の館長による館長会議を開催し、「国民の祝日に関する法律」に規定する休日に閉館している施設は閉館するという基本方針を立てたうえ、個々の施設につき具体的に施設の状況について検討した結果、音楽堂については、新聞等から予想される休日法の趣旨、音楽堂の性質及び当日が休日になった場合の職員の勤務条件の変更に関する問題を総合的に勘案して、平成元年二月二四日は臨時休業とする方向性を打ち立て、臨時休業の正式決定があるまでに当日の使用許可申請があった場合には、一旦申請を受理した後に臨時休業が確定すると、それまで種々の準備を進めて来た申請者にかえって迷惑を掛けることになるので、受付を差し控えることを了解した。

(2) 三河は、前記館長会議の結果をふまえて、平成元年一月一三日、本件音楽堂の平成元年二月二四日の使用許可申請の受理を求める原告に対し、「一旦受付を行ない、途中で取り消した場合には、主催者に多大な迷惑をかけることになる。」と説明して、申請を受け付けられないことについて原告の理解を求めた。

(3) 原告は、同月一七、一八日、石井に電話連絡して使用許可申請の受理を求めたが、石井は、二月二四日には大喪の礼が行われる予定であり、当日を国民の休日とする立法措置を行う旨の閣議決定もなされているので、本件音楽堂も音楽堂規則第一条の二但書の規定により臨時休業する方向であると説明して、申請を受け付けられないことについて原告の理解を求めた。

(4) 被告辻本及び石井は、同月二四日、使用許可申請を求めて来庁した原告に対し、従前から繰り返して説明して来た理由を述べて、別の日の使用に切り替えて申請する等の再考を促した。

(5) 社会教育課は、丹羽弁護士から送付された本件申請書に対し、従前から繰り返して説明してきた理由を記載した書面を付して、原告の再考を促すためこれを返戻した。

3  同3について

(一) 同(一)は争う。

被告市は、前記のとおり、原告から本件音楽堂の使用許可申請書用紙の交付申込を受けた平成元年一月一三日の時点において、既に、本件音楽堂を平成元年二月二四日に臨時休館することを検討していたから、原告が当日本件音楽堂でいかなる集会を企画し、その目的内容がいかなるものであるかについては一切関知していない。

(二) 同(二)について

(1) 同(1)は争う。

公の施設である本件音楽堂を臨時休業するか否かの決定は、施設の設置者が施設管理権に基づきその必要性を考慮して行う裁量行為であって、臨時休業自体が直らに集会その他の表現行為の全面禁止に結び付くものではない。

(2) 同(2)は争う。

① 音楽堂に関しては右翼の妨害が一切なかったことから、被告市も、本件臨時休館に当たり、右翼の妨害は念頭に置いていなかった。

② 被告市は、平成元年二月二四日が憲法により日本国及び日本国民統合の象徴の地位にあるとされた昭和天皇の葬儀の日であり、国民に弔意の機会を与えるという趣旨で休日法が施行されること、音楽堂が音楽を楽しむことを主たる目的とする施設であること、死者を悼む葬儀が厳粛な雰囲気の中で行われ、葬儀の傍らでこれと相容れないような音楽等を楽しむことは差し控えようという風習が、古来から我が国のみならず人類一般の心情に基づくものとして存在していること等の事情を考慮して、当日は音楽堂を開館することが相当でないと判断して本件臨時休館を決定したにとどまり、原告が弔意を表明するかどうか、あるいは大喪の礼当日にふさわしい環境・雰囲気が確保されているかどうかまで関与したものではない。

③ 公の施設としての音楽堂は、原則として休日開館の施設であるのに対し、音楽堂の運営に携わる職員は、施設としての音楽堂ではなく組織としての音楽団に所属しており、休日は勤務を要しないものとされている。よって、平成元年二月二四日が休日法の施行により休日となった場合は、音楽団の職員は休日勤務の取扱いとなり、勤務条件の変更を来すことになる。したがって、音楽堂を当日開館するためには、職員の勤務条件の変更を行うため、労働組合との事前協議が必要になるところ、職員の負担が増大する方向での勤務条件の変更については、労働組合の了解が得られ難いことも予想されたので、被告市は、当日開館となれば、必要な職員の確保ができず、管理上重大な問題が生ずることも考慮して本件臨時休館を決定したものである。

(三) 同(三)は争う。

被告市の公務員らは、一旦申請を受理して本件音楽の使用を許可した後に休日法が成立し、社会教育課において検討されていた本件音楽堂の臨時休業が決定された場合には、その間、使用を前提に準備を進めてきた申請者に迷惑をかけることになるという理由から、原告の申請を受理しなかったものであり、この点につき、本件不受理には正当な理由がある。

4  同4は争う。

被告辻本の受領拒絶行為自体は何ら違法な行為ではないうえ、被告辻本は、被告市の担当者として本件申請書の受領を拒否したものであるから、その責任は専ら国又は地方公共団体が負うものであり、当該公務員個人である被告辻本はその責任を負わない。

5  同5は争う。

第三  証拠 <省略>

理由

一被告市が、本件音楽堂を設置、維持管理する普通地方公共団体であること、被告辻本が、平成元年一月当時、社会教育課長の地位にあったことは当事者間に争いがなく、<書証番号略>及び原告本人尋問の結果によれば、原告は、企画集団「なんぼのもん社」の事務局を担当し、本件集会の主催責任者であったことが認められる。

二本件不受理の経緯

1  原告が、平成元年一月一三日、音楽団事務局を訪れて使用許可申請書用紙の交付を求めたが、三河が用紙の交付を拒否したこと、同月一七、一八及び一九日、原告が社会教育課に電話で申請を受け付けるよう申し入れたが、石井がこれを拒否したこと、同月二四日、原告が音楽団事務局及び社会教育課を訪れて本件申請書を提出しようとしたがいずれも受領を拒否されたこと、同日、原告代理人である丹羽弁護士が音楽団事務局及び社会教育課に対し、内容証明郵便により本件許可申請の受理を要請し、本件申請書を送付したこと、同月三〇日、社会教育課が丹羽弁護士に対し本件申請書を返送したことは、いずれも当事者間に争いがない。

2  <書証番号略>、証人水野博達、同石井及び同三河の各証言並びに原告及び被告辻本各本人尋問の結果に前記当事者間に争いのない事実を総合すれば、以下の事実が認められる。

(一)  大阪市教育委員会社会教育部は、平成元年一月八日、内閣告示第一号により、「国の儀式として大喪の礼を行い、その期日を平成元年二月二四日とする」と告示されたこと、及び、同年一月一二日の各紙朝刊に、政府が大喪の礼が行われる同年二月二四日を休日とする法律案を国会に提出する方針に決定したという記事が掲載されたことを考慮し、同年一月一二日午後、大喪の礼当日における所轄の各教育施設の取扱いを協議するため、同部所轄施設の館長及び庶務担当の課長を集めて館長会議を開催し、その際、「国民の祝日に関する法律」で定められた休日が通常休館日と定められている施設は臨時休館とし、開館している施設は開館とする基本方針に立ちながら、なお、個々の施設について具体的状況を勘案して協議検討した結果、音楽堂については、以下の方針により対処する旨了解した。

(1) 音楽堂は、野外で音楽を楽しむ施設であり、新聞等で報道されていた「国民こぞって弔意を表する」という大喪の礼の趣旨に鑑みて当日の開館がふさわしくないうえ、当日が休日になった場合には、音楽団職員の勤務条件の変更に関して職員組合との話合いが必要となることから、大喪の礼当日は臨時休館することとし、休日法の法案が決定された後に、「音楽堂の休業日は、次のとおりとする。ただし、都合により変更し、又は臨時休業することがある。①月曜日、②一二月二八日から翌年一月四日まで」と規定する音楽堂規則一条の二ただし書に基づき、正式に臨時休館措置を取る。

(2) 臨時休館の正式決定があるまでの間に、音楽堂について平成元年二月二四日の使用許可申請があった場合には、その受付を差し控える取扱いによって対処する。

(二)  原告は、平成元年一月一三日午後六時ころ、本件音楽堂につき同年二月二四日の使用許可申請をするため音楽団事務局を訪れ、先に同日の使用を申請した者がいないことを確認したうえで、所定の申請書用紙の交付を求めた。しかし、応対に当たった三河は、前日、音楽団長から、本件音楽堂は臨時休館の方針で検討されているため、大喪の礼当日の使用許可申請があった場合には、受付を差し控えて社会教育部と相談するようにと指示されていたことから、原告に対し、「われわれ職員が場合によっては休みになるので開館できないかもしれない。」「一旦受付けして途中で取り消すということになると、主催者の方に多大な迷惑をかける。」「社会教育施設全般に関わる問題であるので音楽団自身では判断できない。」等と言って、原告に申請書用紙を交付しなかった。そこで、原告は、三河に音楽団の主管を尋ね、同人から、社会教育部に問い合わせてほしいという返答を得て音楽団事務局を辞去した。

(三)  原告は、翌一四日、天皇制に反対する団体「関西うねりの会」に電話をして、二月二四日に本件音楽堂の使用許可が受けられるよう協力を要請したので、同会所属の水野博達(以下「水野」という。)が、社会教育課に電話をして、原告の使用許可申請を受理するよう抗議したところ、応対に当たった石井は、「二月二四日のことは色々と検討する問題もあり、この件については現場にも事実をよく聞き、調査のうえで回答できるようにするので時間を貸して欲しい。」等と返答した。

他方、三河は、同日、社会教育課を訪れ、石井に原告の使用許可申請の取扱いについて相談したところ、石井から、本件音楽堂は臨時休館の方向で検討しているから、主催者には十分理解を得て受付けを差し控えるようにと指示された。

(四)  原告は、同年一月一七日及び一八日、社会教育部に電話して、石井に対し、本件音楽堂を大喪の礼当日に使用させないのはおかしいと抗議し、その理由を訪ねたところ、石井は、社会教育課では一月一三日以前に野外音楽堂と中央公会堂を閉館することに決定しており、また、新聞発表等によれば、二月二四日が休日になる可能性が高いので申請を受理できないという趣旨のことを告げた。

水野も、同月一七日から二〇日まで、連日社会教育課に電話をして、原告の使用許可申請を受理するよう求めたが、同月一七日及び一八日に応対した職員からは、「野外音楽堂の使用許可申請については、様々な困難があるということでご理解頂きたい。」という返答があり、同月一九日及び二〇日には、石井が、同様の理由を述べて、「ご理解をお願いしたい。」と繰り返した。

(五)  そこで、原告は、本件音楽堂で以前集会を開催した際に交付を受けていた使用許可申請書のコピーに所定の必要事項を記載して本件申請書三通を作成し、平成元年一月二四日、小井戸俊夫とともに音楽団事務局を訪れて、これを提出しようとしたが、応対した三河が、音楽団事務局としては独自に判断できず、仮受付したとしても、後で本件音楽堂の臨時休館が決定した場合には、それまで準備してきた原告に迷惑をかけることになるから、社会教育施設全般がどうなるのか方向性の不確かな段階では受付けすることができない等と言って本件申請書を受理しなかったので、原告らは音楽団事務局を撤去して社会教育課を訪れた。

原告らは、社会教育課でも本件申請書の受理を求めたが、応対した被告辻本及び石井が、休日法が国会に上程されることは確実であり、二月二四日が休日になる可能性が大きいことから、一旦申込を受付けた後に臨時休館が正式決定したのでは、それまで当日の準備を進めている申込人に迷惑をかけるから理解していただくほかない等と、従来と同じ説明をして、本件申請書を受理しようとしなかったので、原告が、被告辻本らに対し、受理を拒否する法的根拠を尋ねたところ、被告辻本は、現在のところ法的根拠はないが、後に休日法が制定された場合には、音楽堂規則一条の二により臨時休業する可能性があると述べた。

(六)  原告は、同月二四日、丹羽弁護士を代理人として、社会教育課及び音楽団事務局に対し、同日付内容証明郵便により、本件音楽堂について原告の使用許可申請を受理するよう要請するとともに、本件許可申請書三通を送付した。社会教育課は、同月三〇日、同弁護士に対し、「大阪市立大阪城音楽堂の使用につきましては、これまでも、口頭でお答えしておりますとおりの理由でございますので、大阪市立大阪城音楽堂使用許可証三通、ご返送いたします。」という理由を付した文書とともに右申請書を返戻し、社会教育課として、最終的に本件申請書を受理しない旨の意思を表明した。

(七)  平成元年二月一七日、休日法が公布、施行され、これを受けて同月二一日、大阪市教育委員会告示第五号により、本件音楽堂を含む三六施設の臨時休業が告示された。

以上の事実が認められ、他に右認定事実を左右するに足りる証拠はない。

三被告市の責任

1  原告は、被告市の公務員である三河、石井、被告辻本らが、本件集会の目的が天皇制批判にあることを理由として、その開催を不可能にする目的により、原告の本件音楽堂使用許可申請の受理を拒絶したものであるから、右三河らの行為は、憲法二一条、地方自治法二四四条二項に違反する旨主張する。

<書証番号略>によれば、本件音楽堂は、大阪市民の情操教育及びレクリエーション運動の普及向上を図るため、音楽の演奏その他の行事を行なうことを目的として設置された施設である(音楽堂条例第一条の二)ことが認められ、これによれば、本件音楽堂は、地方公共団体の公の施設として、地方公共団体が住民に対し正当な理由なしに利用を拒むことができないものであり(地方自治法二四四条二項)、その利用については、音楽演奏を中心とする集会その他の表現活動に利用される施設として、憲法二一条の保障を受けるものであるから、もし、被告市の公務員である三河、石井、被告辻本らが、原告主張のような目的で原告の使用許可申請の受理を拒絶したのであれば、右三河らの行為は、憲法二一条、地方自治法二四四条二項に違反する違法なものというべきである。

しかしながら、右三河らが、本件集会の目的を理由として、その開催を不可能にするために原告の本件音楽堂使用許可申請を受理しなかったことを認めるに足りる証拠はなく、かえって、前記二認定の事実によれば、右三河らが原告の右使用許可申請を受理しなかったのは、平成元年一月一二日に開催された館長会議において、大喪の礼の趣旨や音楽団職員とのその勤務条件の変更についての協議の必要性などを考慮して打ち出された方針に従い、本件音楽堂の臨時休館の可能性があったことから、使用許可申請を受付けることは、その使用を前提に臨時休館の正式決定まで準備を進めるであろう申請者に迷惑をかけることになるとの判断に基づくものであったことが認められる。

したがって、原告の前記主張は採用できない。

2  ところで、<書証番号略>によれば、音楽堂条例三条は、本件音楽堂の使用について、「音楽堂を使用しようとする者は、教育委員会の定めるところにより、その許可を受けなければならない。」と規定し、右手続を定める音楽規則二条は、「音楽堂の使用の許可を受けようとする者は、所定の様式により、教育委員会に申請しなければならない。」と規定していると認められるところ、本件音楽堂の利用は、音楽演奏を中心とする集会その他の表現活動に利用される施設として憲法二一条による保障を受け、その制限は、専ら表現の自由が有する内在的制約の範囲に限定されるべきものであり、また、<書証番号略>及び証人三河の証言によれば、本件音楽堂の使用許可申請に関する実際の運用は、一枚目に申請書用紙、二枚目に「上記のとおり受付いたしました。」と表示がある申請書控用紙、三枚目に「上記のとおり使用を許可します。」の表示がある許可書が綴じられた三枚複写の申請書用紙に所定の要件を記載することにより行われ、通常の場合は、申請が受理されれば、その場で申請どおり許可証が発行される取扱になっており、もし申請が競合した場合には、集会の性質・内容に関係なく、先に申請したものが機械的に優先することが認められ、これによれば、本件音楽堂の使用許可は、基本的に裁量の余地のない確認的行為の性格を有し、実質的には何ら届出制と異ならないものと解するのが相当である。

したがって、許可権者としては、申請が所定の記載要件を具備している限りこれを許可しなければならないのが原則であり、右許可の前提をなす申請書の受理については、原則として、受理するか否かについて裁量の余地がなく、これを拒否することは許されないといわざるをえない。

受理も、いかなる場合にも例外を許さない性質のものではなく、許可権者が他の行政目的を達成するために受理を留保することも、その目的及び目的により得られる利益とこれにより申請者が受ける不利益とを比較考量して、その方法、程度が社会通念上相当であり、かつ、申請者が任意に留保に同意している場合には、一概に違法であるとはいえない。しかし、右のような留保は、何ら法律的根拠を有しない事実上の措置であり行政指導に該当するところ、右行政指導は、あくまで申請者の任意の応諾及び勧告に基づく自主的変更を前提とするものであって、申請者が、右行政指導に対する不協力・不服従の意思を明確に表明し、直ちに申請の受理を求めていると認められる場合にまで、相手方を直接的に強制し、事実上の拒否処分と異ならない結果をもたらすことを容認するものではない。

よって、申請者が行政の勧告に応じる意向がなく、あくまで当初予定したとおりの申請内容を維持することを明白にした場合には、行政機関が、以後、申請書の受理拒否を続けることは、申請者の不協力が社会通念上正義の観念に反するといえるような特段の事情がない限り違法である。

3 前記二で認定した事実によれば、原告は、平成元年一月一三日及び同月一四日から二〇日ころまでの間、石井らから申請を受理できない理由を説明され、暗に日程の変更を促されながらも、なお、当初の予定通り同年二月二四日の使用許可を求める意思を撤回しなかったものであり、遅くとも、原告が同年一月二四日、音楽団事務局及び社会教育課を訪れ、自ら所定の用紙に従って作成した本件申請書の受理を求めた時点においては、原告は、被告辻本らの勧告に応じることを明確に拒絶し、直ちに申請の受理を求めたものというべきであり、また、<書証番号略>によれば、本件申請書は所定の記載要件を具備していたと認められるところ、右事実によれば、原告が本件不受理に抗議して申請の受理を求めた際の行動には特に非難されるべき点が存在せず、原告が被告らの行政指導に従わずあくまで申請の受理を求めたことについて社会通念上正義の観念に反する事情があると認めるに足りる事情もないから、一連の本件不受理のうち、三河、石井及び被告辻本が平成元年一月二四日本件申請書の受領を拒絶した行為及び、社会教育課が同月三〇日、丹羽弁護士宛に本件申請書を返戻した行為は、もはや行政指導としての留保の限界を逸脱した違法なものであるといわざるをえない。

4  この点につき、被告らは、一旦申請を受理して使用許可をした後に休日法が成立し、本件音楽堂の臨時休館を決定すると、それまでの間、使用を前提に準備を進めてきた申請者に迷惑をかけるという理由により本件申請書を受理しなかったのであるから、本件不受理には正当な理由があり、国家賠償法一条一項にいう違法な行為に当たらないと主張する。

しかし、本件不受理の目的が、被告らが主張するとおり、臨時休館の決定があるまで準備を進めてきた申請者の迷惑を避けるためであったとしても、これによって申請者たる原告が受ける不利益は、結果的に本件音楽堂を当日使用できなくなったことに加え、本来であれば当然受けられるべき使用許可申請の可否に関する判断を受けられず、その拒否の判断について争うために法が用意した行政事件訴訟法上の手続をとる機会も全く与えられないということであり、これは、申請者から適正手続の保障という重大な利益を奪うことを意味するから、このような目的によって受理を留保することは、申請者が被る不利益と比較考量して、社会通念上相当な範囲にあるとは認められない。

また、<書証番号略>、証人石井の証言及び被告辻本本人尋問の結果に前記二で認定した事実を総合すると、原告が本件申請書を提出した平成元年一月二四日の時点では、未だ休日法案は国会に上程されておらず、その上程は専ら新聞記事等によって推察されるだけであったこと、音楽堂規則一条の二によれば、本件音楽堂は休日開館を原則とする施設であるから、これを休日に臨時休館することは異例に属し、大阪市教育委員会事務局等専決規定一七条により、大阪市音楽団長のほか、上司たる社会教育部長、教育次長及び教育長の決裁が必要であるにもかかわらず、同年一月二四日の時点では、大喪の礼当日の臨時休館については、社会教育部所轄教育機関の館長会議が臨時休業を内部的に了解したにとどまり、右決裁権者の決裁は未だなされていなかったことが認められ、当時、休日法が成立するか否か、仮に同法が成立したとしても、本件音楽堂が臨時休館になるか否かは確定していなかったのであるから、この段階において、休日法制定及び臨時休館の決定を見越して定められた前記目的が、原告の意思に反してもなお申請書の受理拒否を相当とすべき特段の事情に当たるものとは認められない。

5 したがって、三河、石井及び被告辻本による本件不受理行為のうち、平成元年一月二四日以降の行為は、社会教育課名で行われた行為も含めて本件音楽堂の臨時休館が違法か否かに関わりなく、国家賠償法一条一項にいう公務員の違法行為に該当するものというべきであり、また、前記二で認定した事実に鑑みれば、右三名は、当時、原告が社会教育課の勧告を明確に拒絶したことを知っていたか、又は容易にこれを知ることができたものと認められるから、被告市の公務員として当然に要求される判断を誤った点について、少なくとも過失があったものといわざるをえない。

よって、被告市は、国賠法一条一項に基づき、原告に対し、原告が前記違法行為により被った損害を賠償すべき責任がある。

四被告辻本の責任

公権力の行使に当たる国又は公共団体の公務員が、その職務を行なうについて、故意又は過失によって違法に他人に損害を与えた場合には、当該公務員の所属する国又は公共団体がその被害者に対して賠償の責に任ずるのみであって、公務員個人は民法七〇九条による損害賠償責任を負うものではない。

五損害

1  慰謝料

<書証番号略>及び同尋問の結果によれば、原告は、かねてから天皇や皇族の存在を不合理と考え、昭和六〇年以降、企画集団、「なんぼのもん社」の主催者として、専ら被差別者・被抑圧者の文化を追求する趣旨の集会を開催してきたものであり、今回も、昭和天皇の葬儀の日に、在日朝鮮人・沖縄・被差別部落という被差別、被抑圧の文化を当てるという趣旨で本件集会を主催したものと認められるところ、前記認定のとおり、本件申請書の受理が拒絶されたことにより、平成元年二月二四日当日における本件音楽堂の使用許可の可否についての判断を受け得ず、その拒否の判断について争う機会も与えられないまま、右拒絶の時点において、本件集会を開催することができないことが確定する結果になったものであるから、これにより、原告が相当の精神的苦痛を被ったことは十分首肯できる。

本件にあらわれた諸般の事情を考慮して、原告の右精神的損害に対する慰謝料は金二〇万円をもって相当と認める。

2  弁護士費用

弁論の全趣旨によれば、原告は、本訴の追行を弁護士である原告訴訟代理人らに委任したことが認められるところ、被告市の違法行為の態様、訴訟追行の難易、原告の請求額等に照らすと、原告が訴訟代理人らに支払う弁護士報酬は相当額の範囲内で右違法行為と相当因果関係のある損害ということができ、右損害額となるべき報酬額は、前記事情のほか認容額等本件にあらわれた諸般の事情を考慮して金五万円と認めるのが相当である。

六結論

以上の次第で、原告の被告市に対する本訴請求は、金二五万円及びこれに対する平成元年一月三〇日から支払済みまで年五分の割合による遅延損害金の支払を求める限度で理由があるからこれを認容し、その余は理由がないから棄却し、原告の被告辻本に対する本訴請求は理由がないから棄却し、訴訟費用の負担について民訴法八九条、九二条、九三条を適用し、仮執行宣言については相当でないからこれを付さないこととして、主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官竹中省吾 裁判官一谷好文 裁判官横田麻子)

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